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ATAMI ART GRANT 2025

2025年に5回目を迎えたATAMI ART GRANT。メイン会場には、築60年を迎える熱海のリゾートマンション「野中山マンション」を選定。現在も住民が暮らす建物を会場とし、観光導線ではなく生活動線を意識した会場構成を行うことで、アートを通じて地域住民と新たな来訪者との接点を創出した。

いわゆる「地方の芸術祭」ではなくこの先も続いていく「地域のお祭り」を目指し、地域住民の方々を巻き込んだ企画に取り組んでいく、という思いを乗せて開催された。

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2025  第十二巻(あお)は、展覧会『ATAMI ART GRANT 2025』(2025) 出展に際し発刊。以下本誌まえがきより一部抜粋。

 病弱で内向的だった幼少期、本を読むこととは、ここではないどこかへ行くことと同義だった。私にとって「ここ」は、いつも苦しい場所だった。(中略)

 テーマを「あお」としたことに、深い意味はない。ただ、解題するまでもなく、書き手と読み手の間に広がるものがあれば良い、と思ったに過ぎない。

 とはいえ、それが何を指すかは、自ずと明らかになるだろう。

 何だって良い。

 ただ、私はあなたと、それを見たい。

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〈企画〉

参加型リレー小説の企画を実施。展示は執筆、録音、鑑賞の三つの部屋から構成された。まず、来場者は誰かの記した前段を起点として、続きを執筆する。上手く書こうとしなくていい、浮かんだ一つの言葉、もしくはひらめき、熱海の波の音でもいい、思い切って書く。その後自身が書いた文章を別室にて録音する。そうして、さまざまな人の声によって紡がれた物語を最後の部屋で聴くことができる。

​原稿・録音音声ページへ

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プロローグとして

 本企画「ある映画のように」は、ATAMI ART GRANT 2025のプログラムの一つとして、キュラトリアル・コレクティプHB.のメンバーである私・三宅敦大が企画したものである。

 熱海を訪れるのは、同コレクティブの髙木遊がATAMIART GRANT 2021で旧ホテルニューアカオにて企画した「四肢の向かう先」を見に来て以来、4年ぶりだった。久しぶりに訪れた熱海は、当時よりも活気があり、どこか風通しが良くなったように感じた。街を歩くうちに、改めてこの地がどのような時間を経て今の姿にあるのかを思った。

 熱海は、江戸時代には将軍家の湯治場として知られ、明治・大正期には政治家や文化人の保養地として賑わったという。1964年の新幹線開通や70年代の旅行ブーム、80−90年代のバブル期のリゾート開発を経て、熱海は華やかな観光地へと変貌していった。

 それから30年以上が過ぎ、今の熱海には、かつてのような賑わいはないかもしれない。だがその分、当時のきらびやかさの残り香と、湯治場としての静かな時間が同居しているように思う。観光客向けの商店街や宴会場を備えたホテル、長く使われていないビル、稼働の分からないリゾートマンション——それらは過ぎ去った時代の痕跡として、私にノスタルジーを感じさせた。

 もっとも、私はその時代を実際には知らない。だからこの感覚は、記録映像や映画を通して育まれた「架空のノスタルジー」なのだろう。熱海を訪れる人々はもしかしたら、映像的な(架空の)ノスタルジーを求めているのかもしれない。

 本企画の展示会場となるのは野中山マンション1号棟・2号棟と、横に建つ4階建の建物「NONAKAYAMA 3」である。熱海駅から徒歩20分ほど、急な坂を登り、トンネルを抜けた先の高台に建つこれらの建物からは街、海、空が一望できる。用水路から立ちのほる湯気には「熱海」という名の由来を感じ、海と山のあいだを抜けていく風には、この町に流れる時間の豊かさを思う。

 ここでの暮らしはきっと、日常でありながらどこか特別なものなのだろう。この町で、展示を見るとき、街を歩くとき、音楽を聴くとき——それがまるで映画のワンシーンのように感じられる瞬間があるかもしれない。

 あるいは、この地で過ごすあなた自身の時間が、とある映画のワンシーンになるように。ATAMI ART GRANTを訪れる人々が、そんな時間を過ごしてくれたらと思う。

三宅敦大 キュラトリアルコレクティブ HB.

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